人の嫌なところばかり気になるのはこんな理由
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あなたは人の嫌な部分だけ見えてしまって

うんざりしてしまうことはありませんか?

 

職場や人の集まるところに長く身を置くと

「この人は、なぜ口うるさいんだろう」とか

「なぜこの人は、ちゃんと仕事しないんだろう」と思い

一人でうんざりして、ストレスを溜めてしまいます。

 

もし、そのうんざり感がなくなると

ストレスは大分減ります。

 

それと同時に

魂を向上させるためのチャンスでもあります。

 

何もしないで放っておけば

魂を向上させるチャンスを逃してしまい

運命はあなたに学びをさせようと

新たな試練を招いてしまいます。

 

そして、そのストレスを

ずっと感じて行くことになるかもしれないのです。

 

この記事をご覧いただきますと

・人の嫌なところが気になる理由

・魂の学びをショートカットするチャンス

ということについてお分かりいただけます。

人の嫌な部分が見える理由

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私たちは魂を向上させるために生まれてきました。

 

生まれる前にある程度、シナリオを自分で決めています。

 

そのため、魂を向上させるためには

嫌な出来事を通して学ぶことが多いのです。

 

人の嫌な部分が気になる場合も同じです。

 

なぜ、私は人の嫌な部分ばかり見てしまうんだろう。

 

「自分は心が狭いのでは?」

と思ってしまうこともあると思います。

 

しかし、気に病む必要はまったくありません。

 

それは、逆に自分の魂を向上させるための

学びのチャンスだと捉えてください。

 

そのためには

「なぜ、この人に対して不快感があるのか?」

という事を分析していく必要があります。

 

人に不快感を感じる時は

そこに自分の魂を向上させるヒントがあります。

 

あなたの人生にプログラムされた試練を迎える前に

先に学び取ってしまうと言う訳です。

 

先に学び取ってしまえば

その試練は必要なくなるので

表に出てこなくなり

出てきても大したことなく終わります。

 

人の嫌な部分が見える理由は

大きく分けると3つあると私は考えています。

波動が落ちている時

一つは自分の波動が落ちている時です。

 

波動が落ちている時は

不幸のフィルターを通して世の中を見ています。

 

分かりやすく言うと

あなたは、いくつも心に色眼鏡を持っていると思って見てください。

 

その日その日の気分で、色眼鏡を変えることができます。

 

幸せの色眼鏡をかけている時は

世の中は幸せにあふれているように見え

不幸の色眼鏡をかけている時は

世の中は不快なことだらけに見えます。

 

その日かけている色眼鏡の通りに

世の中が映し出され

見たり感じたりするという事です。

 

今までこんな経験がないか想像して見てください。

 

例えば

友達から「ちょっと今日の服、センス悪いよ」と

言われたとします。

 

先週も同じことを言われたけど、たいして気にならなかった。

 

それなのに「今日は何だかカチンときた」

というようなときです。

 

これは、先週は幸せの色眼鏡をかけていたので

悪い意味に捉えませんでした。

 

自分でも笑って受け流したか

「この人は流行にうといんだなあ」

と思っただけでした。

 

不幸の色眼鏡をかけていると

同じ言葉や態度も不快に感じられることが多くあります。

 

という事は、いつも幸せの色眼鏡をかけていれば

不快な思いをしなくて済むと言う事です

 

それなら、毎日幸せの色眼鏡をかけていたい!

その色眼鏡、自分で意識して選べるの?

と思いますよね。

 

もちろん、選ぶことができます。

簡単言うと「気分」です。

 

良い気分の時は波動が高いので

幸せの色眼鏡を通して世の中を見ることができます。

 

気分が悪い時は波動が落ち

不幸の色眼鏡を通して世の中を見ているので

何でもない事まで不快に思えてきます。

 

相手の嫌な部分が気になるときは

自分の波動が今どんな状態なのか

今の感情で確かめ下がっているようなら

自分の機嫌を取ってみてください。

 

自分の機嫌を取るには

ホッとする事や安心することへ

意識をフォーカスしてみてください。

 

仕事が終わったら〇〇へ行こうとか

帰ってから〇〇しようと

仕事が終わった後の楽しみに

フォーカスしてみるのもいいですね。

 

幸せを感じると言う事は

誰かが自分を喜ばせてくれたり

誰かが自分の機嫌を取ってくれるという意味ではありません。

 

幸せは自分が創り出すと言う事を

色眼鏡を通して教えてくれています。

相手の嫌な部分は、自分の嫌いな所が投影

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2つ目は

「相手の嫌な部分は、実は自分の嫌いなところが投影されている」

という考え方です。

 

相手の中に、自分の中にある、認めたくない部分が見えた時

人は不快に感じます。

 

しかし、ほとんどの場合、自分の嫌いな部分とは気付かずに

相手のことをただ「嫌な人」と、受け止めてしまいます。

 

あなたが不快に思う出来事があったとしても

他の人はたいして気にしていないように見える

という事はないでしょうか?

 

それは相手の中に

あなたの嫌な部分が映し出されていたので

あなただけが不快に思うのです。

 

例えば、普段の会話の中で

きつい言葉が多い先輩がいたとします。

 

これを「相手の中に自分の嫌な部分が投影されている」

という考え方で見て見ると

あなたも「人にキツイことをいう性格」という事になります。

 

それを聞いて「ああ、確かに・・・」という方と

「いやいや、それはないです」

という方に分かれますよね。

 

「それはない」と思った方は

理性で「人にキツイことを言うのはよくない」と思っているから

自制して言わないだけで

自分の中にもそういう要素を持っていると言う事になります。

 

私もこの話には、ひとつ心当たりがあります。

 

私は20代にかけて

大人の人から怒鳴られることが非常に多く

普通に話してくれれば分かるのにと

何度も思った経験があります。

 

その怒鳴られる頻度は尋常でなく

「これは何かある」と思わずにいられないほどです。

 

なんと、すれ違う 知らない人にまで怒鳴られたことがありました

 

その時に、ある人から

「それは自分の嫌いな部分が、相手によって映し出されているんだよ」

「それを理解すればいいんだよ」

と、聞いたのですが

その当時はチンプンカンプンでした。

 

私は、人に怒鳴ったことなんて一度もなかったからです。

 

でも、よくよく考えてみると

子供の頃に「弱い者いじめはしてはいけない」と、教えられ

自分の中の「威圧的な要素」をいけない事

悪い事として制限したのだと思いました。

 

だから、表に出ることはなく

自分も周りの人も私を「温厚な性格」だと

思い込んでいただけなのかもしれないと思いました。

 

もし、理性がなければ、私は自分より弱い人には

力で自分の意見を通したり

威圧的なことをするのかもしれない

しなくても、そういう要素を持っている

と思うと不思議に納得してしまいました。

 

この場合、どうしたらいいのかというと

ただ認めて許すだけです。

 

自分には「弱い人に威圧的なことをする要素があるんだな」と

認めて、「そんな自分を許します」と自分に言うだけです。

 

そして、怒鳴られたりきつく言われると「心が傷つく」

と言う事を体験して学びました。

 

すると、威圧的な行いで、

人が傷ついて悲しんでいることろを見たくないし

そういう人がいたら

助けてあげたいと思うようになりました。

 

通りすがりに怒鳴っている人に対しては

よほど嫌なことがあって

精神が病んでしまっている

大変な状況にいる人なんだと思えばいいことです。

 

こんな風に

魂の学びにつなげていくといいと思います。

自分に出来ない望みを叶えている人がいる

3つ目は自分に出来ないことをやっている人に対して

不快を感じると言う事です。

 

例えば、

あなたは職場で、無駄口も聞かず黙々と仕事をするタイプだとします。

 

しかし職場には

いつも仕事中に楽しそうにおしゃべりしている同僚がいます。

あなたはその事にいつも不快に思っているとします。

 

ではなぜ、この同僚に対して

不快に思うのかと考えた時

あなたの中には「仕事はこうあるべき」ということが

刷り込りこまれているから

時には楽しくおしゃべりしたくても

自分で制限しているわけです。

 

「いやいや、我慢をしている分けではなく仕事とはそういう物でしょう?」

思うかもしれません。

 

しかし、本当に自分は仕事中でも

楽しそうにおしゃべりしたいなんて

これっぽっちも思っていなければ

不快になんて感じないのです。

 

誰かの言った教えが

あなたの考え方の基準になっていて

自分の本心で考えた基準ではありません。

 

あなたが経営者や上司でない限り

自分軸で考えていれば

「どうぞご自由に」というスタンスです。

 

誰が楽しくおしゃべりしてようが

仕事が遅かろうが気にならないのです。

 

本当は自分も楽しそうにおしゃべりしたい

でも、ガマンしているんだから

あなたもガマンしてよ

というのが、本音なのではないでしょうか?

 

誰かが言った「無言で仕事をすることが真面目であること」

というのを基準にしてしまっていると

あなたが制限した

「仕事中、時には楽しくおしゃべりしたい」

と言う事を実践している人を見ると不快に感じるわけです。

 

どうしたら、気分良く仕事ができるのかを

考えなければ

仕事なんてつらいのが当たり前です。

 

仕事を楽しいと言っている人は

楽しくなるように工夫しています。

 

この場合で言えば

仕事中におしゃべりするのは悪い事と考えるより

おしゃべりがつらい仕事を楽しくする手段だと考えた方が

人に対しても自分に対しても柔軟になり

ストレスを一つ減らすことができます。

まとめ

人の嫌な所が気になったとき、

実は魂の学びを

ショートカットするチャンスでもあります。

 

魂の学びは嫌な出来事から学ぶことが多いのですが

嫌な人が現れたとき

そこで気が付いて何かを得られれば

魂の学びの試練を一つ

回避できるということになります。

 

それには

なぜ、この人に対して不快感があるのか

と言う事を分析していく必要があります。

 

人の嫌なところが気になる理由は次の通りです。

・波動が下がって不幸な色眼鏡で見ているから

・自分の嫌な部分が投影されているから

・自分が出来ない事をやっているからです

 

もし、今まで不幸な色眼鏡で見ていたなら、これからは幸せな色眼鏡に変えればいい。

 

もし、自分の嫌な部分が分かったら、それを受け入れればいい。

 

もし、自分に出来ない事をやっている人がいたら、自分も本当はそうしたいと認めればいいのです。

 

自分を分析していく中で

認めたくない事も多いと思います。

しかし、それは恥ずかしいことではありません。

 

私たちは魂を向上させるために

この世に生まれてきました。

 

誰かを不快に思ったとき

それをチャンスだと思い

一つでも多く学び取り

自分の幸せにつなげていってください。

 

あなたの人生がさらによくなりますよう

心からお祈りします。

 

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